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アペックス便り6月号

●長女の誕生

平成三年の夏に、待望の娘が生まれた。今でもハッキリ覚えているが、私はアレックス・ヘイリーの『ルーツ』のクンタ・キンテのように、月夜の下で娘を高々と掲げ挙げて、今後の親としての責務や覚悟を誓ったのだ。

何よりも、祖先に娘の誕生を感謝しながら、又脈々と続いてきた[血]に恥じぬように自戒の念を持ち、大いなる夢を胸に抱きながら、そしてそっと娘の無垢な顔を覗き込んだ。屈託のない寝顔に、言い知れぬ感動と勇気を貰い、全身に溢れんばかりのエネルギーを自ら感じていた。そして、この先どんなことが起ころうが、我が子に『お父さんの為に…こうなった…』と言われない様な[父親]になることが、最低限の目標になった。そんな一部始終を横で眺めていた家内は呆れ返っていたが、我が家に誕生した娘が、日々を明るく夢いっぱい拡げくれたのは間違いなかった。

家内は、日々の娘の成⻑を楽しみながら子育てに専念した。私は可能な限り仕事の枠を拡げる為に奔走したが、帰宅して娘の笑顔をみると疲れなんて吹っ飛び、翌日は又仕事に燃えていた。

花博の成功以後、私の戦略通り専門店や量販店との取引口座も増えて、取扱品目の拡大と共に売り上げも伸びてきた。

育児に専念した家内に代わる人材が必要な時に、たまたま出入りの雑貨業者の若い子が会社の不満を言うものだから軽く声掛けしたら、翌週にあっさりと会社を辞めてアペックスに就職したいと申し出てきた。

断る理由もなかったので、そのまま採用してみた。しかし半年ばかりアペックスで働いたが、結局本人の都合で辞めた。以前の会社で不満を募らせる人は、結局場所を変えても又違う不満が募る様だ。その後も随分いろんな人間を採用してきたが、大きく二種類のタイプがある様に思える。

[パンを得るために働くのか…][働く為にはパンを必要とするのか…]の二種類だ。出来上がった会社ならいざ知らず、我々のような零細企業は、個人の考え方と行動が全てだ。既成の仕事に安住するだけでなくビジネスを拡大する為のアイデアと行動力が無ければ自分の給与さえ確保できない。

だからと言って、目先の利益ばかり追求しても⻑続きはしないのだ。

私自身がそうであったように、自分の食い扶持の確保の為に目先の利益確保の行動よりも、先に繋がる信用の確立が全てであり、目先の利益追求の行動は極力排除した。だが、現実に利益確保できない日々は、不安の日々を過ごすことになる。あくまでも関わる相手とウィンウィンのビジネスでありたいが故に、全く利益なしの慈善事業のような活動も多々あったが、兎に角信用を得るための行動が全てなのだ。信用がビジネスを拡大させてくれるのだが、この信用だけは一朝一夕で出来上がるものでは無い。

築き上げた途方もない時間に反し、失うときは一瞬だ。時には理不尽な要求をされることも多々あるが、自分の信念や会社の理念を曲げてでも取引することなどに意味は全く無い。

大半の辞めた者の言い分は、思ったほど稼げない…ことだ。私の雇用契約は、自身で開拓した取引先の売り上げにインセンティブを加算する[コミッション契約]なので、新規開拓や営業成績が振るわないとたちまち薄給になってしまう。逆に取引先を増やせば、売り上げに応じて給与も潤うのだが…。創業時期はいずれにせよ取引先の拡大と売り上げの確保が無ければ、会社の維持すら困難になるので、従業員と言うよりビジネスパートナーとしての役割を自覚し会社の信用拡大の為の即戦力が必要だった。

定着せずに辞めた者の大半は、辛抱できず、また出来ないことの不平不満を募らせて去って行った。そもそも現状に不満を持つ者の共通点は、他者責任で全てを捉えがちだ。不満の現状を他者に求めると、エンドレスな不満の連鎖に結局自己喪失し兼ねないストレスで大変だろうに、自己責任で処理できればチカラも付くのに…と思ったが、創業時期は中々骨太な人材には巡り合えなかった。零細企業は夢で人材確保するしか方法は無く、私は一人何役もしながら会社の信用を維持し、寝る間も惜しんで働く日々が続いた。花博を縁に、その後もNHKのTさんやその関連の人たちともいろんな交流が続き、異業種の交流会にも参加するようになり、充実した日々を過ごすようになってきた。

情報交換や勉強会などにも呼ばれ、公私とも忙しくなってきたが、交流会の世話役を頼まれたので、自ら進んで引き受けて本業以外の仕事も増えてきた。勿論、交流会の下支えの仕事はボランティアだが、いろんな人物との出逢いは大いに刺激を得たし、社会の縮図を垣間見るように、本当に勉強になった。仕事の方も、卸の物販だけに留まらず、イベント企画やノベルティー企画や販促の為のグッズ開発等、花博を機に徐々にすそ野を拡げた企画が、具体的な実りとして動き出し、その成果が更に善循環して引き合いが増加してきた。特にY新聞社やN生命からの依頼された販促ノベルティー企画は好評を博し、会社経営に大いに寄与してくれた。善循環と言ったのは、そもそも我々のような零細でしかも個人企業が、大手の新聞社や生命保険会社に取引をする事自体非常に稀なケースであったらしく、そこには人的仲介が働いたお陰で、商談が進んだことが根底にあったからだ。特に、Y新聞社の経営戦略を陰で支えたコンサルタントのS先生やY新聞社の販売促進に尽力したY部⻑には大変お世話になった。S先生やY部⻑は異業種交流会で出逢ったのだが、二人からは随分可愛がられた縁があった結果の商取引だったからだ。よく異業種交流会でビジネスチャンスを拡げんとばかり名刺をバラまいたりする輩もいるが、私は先述したように一切の打算が無かったのが奏功したみたいだ。

だいたい、たった一人で起業した後も苦難が続き、電話一本鳴らない時期を思えば、異業種交流会の世話ができるだけでも、社会と繋がりが持てたと喜んでいたところ、懇意になったS先生から『アペックスって何をしている会社?』と聞かれ、私の企業活動を説明して、とんとん拍子にY新聞社との接点を橋渡しして頂いた経緯が有ったのだ。勿論、双方が喜べるウィンウィンの取引になっていったのだが、Y新聞社にとっては前例のない個人企業との取引だった様だ。他の新聞社同様に、読者数を伸ばすためにいろいろと販売促進活動をするのだが、何処も似たり寄ったりの販促活動に、少しでも違いとインパクトを与える為に苦労していた折、アペックス企画の[お掃除楽々セット]は喜ばれた。引っ越ししてきた世帯を中心に、新規の顧客勧誘の挨拶回りの営業に持参し無償提供して、気持ちよく掃除して新居に入って貰おうとするサービス品である。引っ越した直後は誰も掃除道具を持ち合わせていないので、タイムリーな心遣いに共鳴共感頂き、大いに新規顧客の勧誘に寄与したと喜ばれたのだ。イメージ的にも[心遣い]が伝わり新聞社の好感度も良かったようで、春、秋の引っ越し需要の大きい時期には、大量発注をアペックスが独占的に受けて、多忙を極めた日々を過ごす毎日だった。

●大手新聞社からの引き抜きの誘い

⻑女の誕生を機に、仕事も異業種交流を中心とする交友関係も多彩に拡大し、公私とも充実した日々を送っていた頃、Y新聞社のS先生から直々に時間を取って会って欲しいと連絡を貰った。電話先でも『とても良い話だから楽しみにしてください…』と念押しされたので、面談当日はいつもと違って落ち着かなかった。梅田のY新聞社近くの喫茶店で落ち合ったのだが、S先生は私を見つけるとニコニコと満面の笑みで私が待つ席まで駆け寄ってくれた。S先生の話をよくよく聞けば、Y新聞社が北区に新たに設立する戦略的販売店の新支社に関する内容だった。

そこの支社⻑として、私をY新聞社に迎え入れたいと推薦した、との内容だった。推薦と言っても、実質の人事権を託されたS先生の一声で決定する…という確定内容だったので、後は私の決断次第という運びであった。返事は一週間後ということで、真剣に考えて欲しい…とのことだった。何も聞かされていなかった私としては、唐突な内容だったが、Y新聞社としても特例的な人事らしく、その白羽の矢をS先生の推薦で私に立ったと聞いて、とても嬉しかった。さらにS先生は、『申し訳ないが、最初の契約は月収100万のスタートになり、実績に応じて給与は加味されていく。君なら販売実績を伸ばせるだろうから、100万は最低賃金と思えば良い…。また30人ばかりの社員の労務管理も付随するが、実績に応じて増員していく予定だ。君のリーダーシップなら皆を統率するのも問題ないと思うのだが、あくまで君が[雇われ社⻑]という立場を、君の人生のスタンスにどのような位置づけにするのかが、決断のポイントだと私は思っている…。とにかく一週間、この先の人生をじっくり考えて、朗報を期待しているぞ…』と締めくくった。そして、席を立ちニコっと笑って次の仕事先に向かわれた。一人喫茶店に残された私は、暫くボーっとして、先生の言葉を反芻していた。『新支社の社⻑か…。スタッフ30体制のトップか…。月収100万の最低保証か…。Y新聞社との雇用契約か…。こんな話を家内が聞けば驚くだろうな…。喜ぶかな?いや絶対に喜ぶだろう。自営業という不安定な経済的環境から解放されて、安定する生活と一流新聞社の支社⻑という、願っても無い保証を欲しいと思うだろうな…。』

S先生が帰った後も、私は逡巡しながらこれまでの軌跡を振り返り、今後の人生の立ち位置や夢を模索していた。ただ、はっきりと覚えているのは、社会で誰も知らなかった自分自身の存在を、起業から企業活動を手探りで我武者羅に駆け抜けてきた足跡を、初めて他人から認知され、そして信頼された証としてこの[ヘッドハンティング]の話が来た[事実]だった。自分の存在が確認できたことの喜びに、私は込み上げ溢れてくるものを隠せず一人静かに泣いていた。

[次回に続く]

※待望の長女の誕生を機にますます仕事に打ち込み、仕事を拡充させ取引先の拡大に奔走する毎日に加え、異業種交流会の下働きもボランティアでしながら公私とも忙しくなったころ、大手のY新聞社からヘッドハンティングの話が舞い込む。これまで苦労をかけてきた家内や新しく増えた家族を前に大きく悩み逡巡する…。アペックス号での大航海の旅を続けるか、途中上陸して安定した平穏な生活をするか、決断の期限は一週間…果たしてどうなるのか…

おしらせと今月の予定

今月の予定
○6/1日(土)振替授業(5月分の授業)
●29日(土)全国テスト(小学生/中学生の全員対象)
■北巽…中3は9:30開始(他学年は10時開始)
■堀江…全員10時開始
1学期の成果を試すテストです

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