『はがわりくん』単体では収益にさほど寄与しないので、何か別の商品開発が急がれていた。そんなある日、神戸で催される[素材関連]の展示会が有ったので、特に深い意味も無く覗いてみることにした。ある化学メーカーのブースで、今では[おしめ]や[生理用品]に広く使われている[吸水ポリマー]が私の目に留まった。粉末前の顆粒状の素材を見てピンと閃いたのだ。その顆粒状の吸水ポリマーは水に浸すと、あれよあれよと膨張して20倍以上の容積に拡大して保水状態をゼリー状になって維持し、その後保水した水が蒸発すると、再度収縮して元の顆粒状に戻り、しかも何度でも繰り返す機能を持っていた。
私がピンと来たのは、この保水能力を応用できないか…という点で、それはずばり[植物]への応用だった。特に、水が不可欠の植物の[保水した土]代わりにならないか…と思案したのだ。しかもたっぷりと保水したゼリー状のポリマーを、カラフルな着色で施すと、まるでガラスのような輝きを持った保水した土に変身するのだ。
私は、このポリマーを洒落たグラスにセットして、観葉植物の苗木をそこに乗せてみた。イメージ通り、インテリアとしてお洒落な画期的な商品に成り得ると直感し、この商品を『アクアクリスタル』と命名した。
その素材メーカーは、雑貨業界への販売する発想も無ければその実績も無く、交渉の結果、私に独占的に雑貨業界への代理店窓口を約束してくれた。
私自身も何の販売実績は無かったが、私なりの戦略は有ったので取引する為の独占販売は条件であった。そして、市場での反応をリサーチする為に『アクアクリスタル』を、満を持してギフトショーに展示し発表してみた。
その反響は予想以上に大きく、ギフトショーでの来場者の投票による特別賞まで戴いたほどだった。『アクアクリスタル』の確かな手応えを得た私が、最大のターゲットにしていたのが、当時大阪鶴見で開催され、連日盛況のニュースが流れる【国際花と緑の博覧会】だった。
開幕から活況を呈する国際博覧会のニュースを見るたびに、日に何万人も来場するお土産グッズとして販売すれば、飛ぶように売れるのではないか…と目論んでいたのだ。何とか開発したこの新商品を販売する舞台として、これほどのシチュエーションは無かったし、このチャンスをカタチにする事が出来なければ、正に[座礁]して航路が絶たれる、背水の陣であったのだ。実は、Nとのゴタゴタの後、再度の起業する段階では既に私の資金も枯渇寸前で、しかも結婚したのを機に、いよいよにっちもさっちもいかなくなっていたのだ。A交易に勤務していた頃は、営業成績もトップだったので、A交易出入りの銀行員が、私の預金を獲得しようと日参したのを思い出して、私から融資を依頼しに行ったことが有ったが、A交易を退社した私にはガラリと態度が変わり、全く相手にされずに断られてしまった経験がある。気を取り直して、何行も銀行に飛び込んで融資を申し込んだが、無惨にもどこも相手にされなかった。銀行員程、相手を見て態度を変える人種はいないのではないか、と思ったほどだ。巷で、銀行員は芸者と同じだ…という声を聴いたことがあるが、持たぬ者には見向きもしないという現実を散々味わった。
余談だが、戦後のゴタゴタで自営するしか道が無かった父親世代の在日達が、いかに資金繰りに苦労していたことが容易に想像できた。そんな中で在日一世たちは、頼母子講ならぬ互助の助け合いの延長で[信用組合]を設立した経緯がある。それらは在日経済に大いに寄与し、多方面に経済進出ができたのも、在日金融銀行業の存在の影響が非常に大きかった。
資金繰りに行き詰った私が、後にも先にも父親に頭を下げたのはこの時だった。在日系の大阪K銀信用組合と取引していた父に、融資を引き出すことが出来ぬか…と相談してみたのだ。父は、銀行に電話でその旨を伝えると、銀行の返事は、父が保証人になれば可能だということだった。あれほど[人の保証人]で莫大な借金を背負った父の口癖が『親、兄弟でも保証人にはなるな』だったにも拘わらず、銀行に私の保証人への了解の返事をだしてくれたのには、男泣きに泣いてしまった。そして、私は1500万円の融資を引き出し、何とか自転車操業をしながらも、手探りで稼ぐ手立てを考え模索していた日々を過ごしていたのだ。
『はがわりくん』は、超ニッチの商品故に、また広報も波及していない段階なので売り上げも微々たる数字で、融資を得た大阪K信用組合の担当営業マンは、心配そうに会社に来ては取引先の状況確認ばかり尋ねられた。
そんな状況を打破すべく私には誰もが欲するヒット商品の開発が急がれていたのだ。そして、待望の新商品が開発できたのだ。そして、売り上げに貢献する可能性を秘めた救世主になるかも知れないのだ。
『アクアクリスタル』をベースに観葉植物を数種類取り揃え、洒落たグラスにセットして『ハッピーアクア』と名付け、サンプル品を数種類作って、何が何でも【花博】に売り込むことだけを考えていた。
だが、連日花博での活況は伝わっていても、何処にどう売り込めば良いのか皆目見当がつかないので、ギフトショーの主催者の担当者に連絡して、いろいろと関連企業を提案して戴いた。
ギフトショーで特別賞を貰えた『アクアクリスタル』だから、担当者も応援してくれた。何社か花博関連企業に連絡してアポ取りをして訪問したが、【花博】は既に開催している展覧会で、かなりの前段階で取引の枠組みやシステムが構築されていて、途中参入の壁は相当厚く、どの会社も商品に興味は示すものの何処も取引には至らなかった。そんな中、訪問した関連企業の最後に[NHKサービスセンター]があった。【花博】に何で[NHKが?]とも思ったが、そこのセンター長のT氏に会って説明を聞いて納得できた。
T氏はイベントを仕掛けるNHKの重鎮で、過去に[シルクロード博]を奈良で催し、成功させた実績を買われて再度【花博】に抜擢された人物だった。
物静かで少し学者肌な感じのT氏と商談を進めていたが、他の関連企業と同様に、例の如く開催中の枠組みの困難さと煩わしさで、断られそうな流れになってきたとき、私は勝負に出てみた。
『全てのリスクは私が持ちますから、ワゴン1台でも良いから、このアクアクリスタルとハッピーアクアを試してみてください!絶対に売れますから!』私の鬼気迫る迫力に圧倒されたのか、T氏は『わかりました。では、ワゴン1台を1週間お貸しします。貴方の言うように、レジを通った分だけの委託販売でお願いしますね…。』と、試す期間を一週間に限定してワゴン販売を約束してくれたのだ。私は飛び上がるほど嬉しかった。何とか販売できる突破口を見出せたからだ。
なにせ一日に5万人以上、休祭日は10万人以上も来場する活況の【花博】だ。
ワゴン一台でも、この千載一遇のチャンスを逃さなければ、我が社は生き延びることが出来るのだ。
私は、嫁さんと来る販売開始の日に備えて戦略を練りに練ってみた。女性のマネキン、いわゆる売り子の応援も条件に出されていたが、外注で準備する資金も無いので、嫁にマネキンをしてもらう販売対応で臨むしかなかった。
いよいよ販売初日を迎えた。90センチ四方のワゴン台に、ビッシリと『ハッピーアクア』と『アクアクリスタル』を並べ、少し派手目の服装で嫁さんを売り子として、少し距離を置いて、緊張しながら眺めていた。
開門のアナウンスが流れて暫くすると、お土産を求めて来場者が入り込み、我がブースの前を通る人混みも増えてき始めた。次第に我がワゴンの前に立ち止まる人混みが膨らんでくると、嫁がタイミングよくニッコリと微笑んで声掛けする。『新発売の幸せを呼ぶハッピーアクアです!花博会場で、ここでしか手に入りませんよ!』『お土産にピッタリ!週に一度の水やりで大丈夫!いかがですか?』カラフルな色彩で洒落たグラスにセットされた本物のミニ観葉植物を見て、これまでになかったインテリアとして珍しかったのか、皆手に取ると嫁の後押しの一声のタイミングで購入していくではないか…。そして、ワゴン台の商品が直ぐに無くなるので、嫁は補充に大わらわだ。私は直ぐに現場を離れて会社に戻り、明日のストックとして保管していた商品を取りに戻った。現場での欠品だけは絶対に防がなくてはならない。そして、ハッピーアクアをセットアップしてもらう外注先に電話を入れて、増産の号令をかけた。初日でこの勢いなら、と予定よりも3倍の増産に踏み切った。暫くすると、現場の嫁さんから電話が入り、売り切れて商品が無くなるから早く補充に戻って来て欲しい…と言うではないか。私は、商品を車に積めるだけ積んで現場に戻った。そして二人とも食事もする間もなく初日が終わった。
翌日の二日目の朝、T氏が現場に訪れて私に伝えた。『アペックスさんが昨日の売り上げ一位でしたよ!しかも断トツの売り上げだったので、今日も宜しくお願いしますね』『はいっ!頑張って今日も売り上げトップを目指します!』二日目も予想通りの反響で、私は商品補充の為に会社と現場をピストン往復しながら、嫁は声をからしながら現場でお客さんとの対応に追われていた。あっという間に試用販売期間の一週間が過ぎ去った。私はT氏に呼ばれた。T氏の報告によれば、店全体の一週間の売り上げの7割はハッピーアクアとアクアクリスタルだったらしく、アペックスの売り上げが断トツ一位だったようだ。そして、T氏は続けた。『試用販売期間は終わりましたが、アペックスさんとしては、このまま継続して販売して頂けますよね?』『もちろんです!ありがとうございます!』『次は、ワゴン一台と言う訳にはいかないから、売りやすいように何でも希望を言ってください。売り場のレイアウトも含めて、アペックスさんの意向に協力しますので、取り急ぎ、取引の契約をしましょう。手続き上、NHKサービスセンターの口座申請や他社と同様な契約は不要にして、花博開催期間限定の契約で簡素化にしておきます。』T氏の計らいで、私は花博の開催期間の販売契約を、協力保証金[売り場面積に応じて購入する権利金]も無しで交わし、販売権を与えられた。そして、毎日花博会場と会社をピストン輸送しながら、毎日のレジ報告を楽しみに販売に全力を挙げた。
五月の途中参入では有ったが、何とか花博の出入り業者という信用を得て、次なる新たなステップに私は軸足を動かす準備をしていた。
[次回に続く]
※商品[アクアクリスタル]の開発に成功し、千載一遇のチャンスとばかり、国際博覧会の【花博】での販売権を掴み取る…。借金を重ね自転車操業の日々の中、嵐が去った後の夜明けの様に、うっすらと薄日が差し込んでくる…。沈みかけたアペックス号は如何に…
今月の予定
○3月25日〜4月9日迄 春期講習
○4月7日…合格祝賀会
○4月29日〜5月5日まで休講[年間調整日]
※紹介キャンペーン継続中!!
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【合格速報】合格おめでとう!!
◆府立 高津高校[文理学科]…M・Kくん
◆府立 清水谷高校[普通科]…S・Hくん
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