header

アペックス便り5月号

◆動き出したアペックス号

途中参入であっても、花博の自社オリジナル開発商途品のヒットは、これまで凪状態かの如く漂流していたアペックス号に大きな夢を乗せて、航路もまだ見ぬ目指す大陸へ大きく舵を切らせ進みだしたのだ。

連日の販売ブース売り上げナンバーワンを記録し続けて、NHKサービスセンターのT氏はご満悦だった。

もちろん我が社に特需を齎したこの[花博]は、期間限定の催事だから終わりがある。閉会までの残す日々が愛おしくて、無念だった。

私は、毎日の売り上げ増大にうつつを抜かさず、次回の布石を思案していた。T氏から絶大な信頼を得て、他の協賛業者、特に売り上げの悪い業者の品揃えの見直しに入った時に、『アペックスさんの売り場の拡大をしたいので、他の売れそうな商品ってご提案戴けますか?』と、相談された。

私は、このチャンスを待っていたので『勿論大丈夫です!実際、花博のテーマからは少し離れますが、輸入雑貨で人気のアイテムが数点あります。お土産に喜ばれると思うので一度試されますか?』とT氏に促した。

『アペックスさんの商品なら大丈夫でしょう…!早速、陳列棚を用意するので、直ぐに展開してください。』『ありがとうございます!』私は一つ返事でこのチャンスを活かすべく動いた。実は、私がなかなか売れない『はがわりくん』を持参して、営業飛び込みセールスをしながら気になったお店が何店か有ったので、彼らには『花博に参入で来たので、売れ筋商品が有れば花博で売ってあげようか』と根回ししていたのだ。不思議なもので、花博に参入できた、と言うだけで私への信用は爆上がりし、一同に彼らは少しでも販売チャンスを拡大できるならばと、私との取引を懇願してきた。私の商品を買ってくれと営業していた相手に、貴方の商品を売ってあげよう、しかも花博で…という逆の展開に、いわば私の仕入先として活用する計画に、彼らは私に協賛したいと申し出てくるのだ。

「利は元にあり」とばかり、私は今後の事業展開の土台になるべく[仕入れ業者]の選別と彼らのチカラを観ながら協力業者を増やす必要を痛感していたからだ。全ての商品を自社で開発する労力と費用は大変なものになるので、日常に会社を支える稼げる商品の拡大が急がれていたのだ。要は、他社商品の売れ筋を[自社商品]のラインアップ化することで、商品バリエーションを増やしていくのだ。

まず戴いた陳列棚のサイズから、魅力的な商品を持つ二社を限定した。

私もそうだったが、本来なら協賛金無しでは得られない棚だから、納入業者も必死に売れ筋の紹介を私に提案してくる。私の代わりに補充や入れ替えも全てやってもらうという条件を受け入れて頂き、委託条件を付け加え、取り急ぎ展開する商品を取り揃えた。私も厳選し、実績もあった商品だったので、増やした棚も活気よく売れていき[ハッピーアクア]や[アクアクリスタル]と同様にアペックスの売り上げ増大に貢献してくれ、三者三様に喜ぶ日々が続いた。

母体のNHKサービスセンターと我が社アペックスと我が社の仕入れ業者たちが、それぞれの立場で盛況な花博の終わりを惜しみながら残された日々を、来場者の思い出残るお土産の提供に全力で販売した。

誰もがウィンウィンになれる商売の理想をやっと体現できたのだ。私はこの日々に、A交易を辞めた自分自身の[大義名分]が成り立ち、満たされた感覚で一杯だった。そうして会期半年の花博は、大成功のうちに閉幕を迎え、私も参入後五か月間の毎日を、売り上げナンバーワンを維持したまま、大きな実りを得て閉幕したのだった。

●順風を活かして

あっという間に終わった花博は、私にビジネスの感動と結果を齎してくれた。父に保証人になって貰い、やっとの思いで借入した1500万円は、花博閉幕後に耳を揃えてK信用組合に一括返済することができた。更に、あり余る利益が確保できたので、次なるビジネス展開にゆとりを得ることができた。正に貧すれば鈍すの暮らしが続いた時代の直ぐ後だけに、頑張って得た正当な利益は、次なる夢と世の人に喜んでもらえる商品開発に余力を与えてくれた。

結婚後、まともに休暇も無く嫁さんと二人三脚で突っ走ってきた節目もあり、花博閉幕後は暫く暇だろうと、結婚後初めてのリフレッシュ休暇ならぬ、自由な旅を満喫する為に、アメリカ大陸に二人で2週間ばかり旅立った。

結婚当初仕事も無かったので、私は貯えの殆どを使って、新婚旅行と銘打って一か月近くオーストラリア大陸を旅したスタートを始めたが、それ以来の久しぶりの旅に、二人は興奮していた。性格も、嗜好も我々夫婦は真逆だが、こと旅に関しては二人とも大好きである。特に、旅行社のパック旅行が嫌いなのでいつも航空券だけを買って、ホテルにせよ、周遊地にせよ自由気ままに旅するのが我々流だ。

大概は、現地レンタカーで周遊するので、これまでにも何万キロも地球の隅々まで走り回ってきた勘定になる。

ナビやネットの無い時代だったから、苦労も絶えなかったが、世界各国でいろいろな人との出逢いやハプニングは数えきれないぐらい体験することができた。日常会話ぐらいの英語は、義務教育の中学三年間の英語で十分すぎるので、やはり現地で生きた英語を体験するのが手っ取り早い。

アメリカの西海岸を周遊して、マイアミまでひとっ飛びして、かねてから走りたかった[セブンマイルブリッジ]がある海上のフリーウェイをひた走り、キューバが200キロ先にある[キーウェスト]に辿り着いた。文豪ヘミングウェイがこよなく愛した地だ。

「老人と海」の作品が生まれた世界だ。今でも覚えているが、サンセットクルーズに参加してカリブ海に沈む夕日の美しさに茫然としたことを…。船上で出逢った若者三人と、その後キーゥェストの街で飲み歩き、酔っぱらいながら文化交流したのも良き思い出だ。何より、結婚前に嫁さんに約束したことが一つ実現できたのが嬉しく、自分の中で可能性とヤル気の灯を更に燃やす契機の旅になったのが一番の経験だった。

思い返せば、グランドビルの36階から大阪の街を見下ろしながら嫁さんに屋号の説明をした際、約束したことを反芻しながら、いつも胸に刻んでいた自分がある。

『40歳までに自社ビルを建てる。毎年、海外旅行に行く。』と、結婚前に何とか彼女の気持ちをこちらに向ける為にいろんな約束をしながら気を引こうとしたこの二つだけは、私自身が明確に胸に刻んだ目標でもあった。

まず、[毎年海外に旅する]の目標が達成できたのだ。そして、[40歳までに自社ビルを建てる]の足掛かりになるビジネスで、自分の思いをカタチにし、実践し、行動して、成果を上げての結果の正当報酬で堂々とアメリカを旅している現実は、未来への夢実現の自信と意欲を掻き立てる何物でもない。要は、想いは実現するのだ。

私は、カリブ海に沈む夕日に燃えるような自分のエネルギーを重ね、沈んだ時にそっと目を閉じた。そして「生を受けたエネルギーに感謝している」自分を感じていた。「命ある限り、なんだってできる。夢ある限り、実現できる」と…。

こうして、二週間ばかりの旅を終えて、帰阪した我々は、花博のようなイベントの特需ではなく、今後の経営基盤になるような柱を育てる為の準備に取り掛かった。

私の花博での狙いは、次なるビジネス展開だった。流通業に腰を下ろした以上、スタンスは一次のメーカーポジションをとって、自社開発商品のみの販売に徹したかったが、開発のアイデアと実現に時間がかかりすぎる事と、売れるかどうかも分からない開発費の捻出に苦労したので、二次卸を兼業することを花博期間中に確立したかったのだ。まずは売れ筋を持つ同業他社を仕入先にして、卸売りで経営基盤を安定させたかったのだ。営業には自信が有っても、肝心の[売るもの]が無ければ前に進まない。

私は我武者羅に仕入先の商品を通じて、販売先の拡大に奔走した。輸入雑貨、アイデアグッズ、インセンティブ企画、イベント企画…と、今まで少しでも[経験]したことはその道のプロの如く営業し、実績を訴求しながら販売先を拡大する為に営業拡充し続けた。今では流通業もネット社会になって様変わりしただろうが、当時はアンテナショップや、デパート、専門店への販路が一番有利とされ、現実に取引するのは特に後発のしかも個人企業は大変だった。だが、私は神戸方面から販路開拓を始めて、最後は大阪に戻る戦略を取って営業試みた。

デパート、チェーン店、専門店は必ず大阪、神戸には出店しているが、同じ関西でも少し地域差の肌感覚の違いを私は嗅ぎ取っていたからだ。所謂おしゃれなイメージが神戸には有るので、「神戸で売れています」という殺し文句で大阪での取引を容易にしてくれるだろうと目論んでいたのだ。実際に、神戸ロフト、東急ハンズ三宮店、星電社の雑貨専門部門、という専門店に取引口座を取得して、その後大阪の梅田ロフト、東急ハンズ江坂店、心斎橋店、やキディランド等、同様に取引口座を開設して貰い、当時で約20社以上の専門店、デパート、の口座を短期間で取得できたのは、[個人企業]では珍しかったようだ。勿論、売れない業者は競争も日々激しく淘汰されるのだが、私は仕入先を大切にしていたので鮮度の良い情報入手には困らなかった。また、花博での成功が自分の企画力とネットワーク拡大に寄与してくれていたので、かなりの情報を効率よく仕掛けながら、それぞれの売り場にコンスタントな売れ筋の提供が出来た。そうして取引先からの信頼も売り上げに応じて上がってきた。

特に、当時のトレンドを代表するロフトとハンズには我が商品の棚が拡大するにつれ、売り上げも伸びてきた。何度かDIMEやモノマガジンという雑誌に商品が取り上げられたときは、とんでもない売り上げを記録したこともあった。テレビやラジオの取材を受けた商品も有り、それが波及して[ナムコ]から10万個の発注を受けたこともあった。こうして花博の順風を活かしながら、アペックス号は世間の信用を一つずつ重ねながら、夢大陸に向け、ゆっくりと進んでいた。そして、創業時全く電話も鳴らない会社にも、電話音が鳴る様になってきてバタバタと仕事の活動をし始めた頃、私は家内から子供が授かった知らせを受けたのだ。一番嬉しかった知らせを聞いて、益々頑張れるエネルギーが沸々と沸き上がり、父親になるまでにやらねばならないことを整理しながら、やがて増える家族に恥じないように日々全力を挙げた。

[次回に続く]

※沈没寸前のアペックス号は、花博特需で息を吹き返す…果たしてこのまま順風は続くのか…

おしらせと今月の予定

今月の予定
○4/29〜5/5 休講(年間調整日)
○中旬…中間テスト(新学年最初の定期テストです!早めに準備しよう!)

※紹介キャンペーン継続中
○5月末まで実施中!
テスト対策体験に誘おう!

アペックス便り バックナンバー