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アペックス便り4月号

◆前回のつづき  〜大学受験と2度の挫折〜Part2

自転車もろ共地面に叩き付けられた私は、腰を強打してしばらく動けず呻きながら倒れていた。すると、傍から見知らぬおばさんが声を掛けながら、駆け寄って来てくれた。『兄ちゃん、大丈夫か?!怪我しとらんか?』『あっ、大丈夫です、ちょっとバランス崩しただけなんで痛っ、ウッウ』『どっから来たん?一人で自転車でそんで、どこ行くん?』『大阪からです!潮岬まで行こうかと』『えっ?潮岬まで?』唖然とした顔しておばさんは呆気に取られていたが、ちょっと間を入れ『何も食べとらんやろ?ちょっと待っとりや…!』と言うや、国道沿いの畑に入っていった。しばらくすると、袋にどっさりと蜜柑を入れて戻り、『これ食べて元気出して又頑張って行こラ!』と、私に蜜柑一杯の袋を手渡すのだ。おばさんは有田の蜜柑農家の人で、農作業中の横で私がぶっ倒れたのを見たものだから驚いてすっ飛んできたらしかった。

しばらく会話を交わしてお礼を言って、又私はペダルを回し始めた。今度はおばさんに見送られているだけに、再び無様な転倒なんて絶対出来ないしかも振り返るとおばさんはいつまでも手を振っているではないか!私は渾身のチカラを振り絞り、急勾配に再チャレンジし、歯を食い縛りながらペダルを回し続けた。何とかバランスを保ちながらおばさんの姿が見えなくなる所までやっと辿り着き、山間部の頂き付近で休息をとった。そこで頬張った貰った蜜柑の美味しかったこと!それが忘れられず、今でも蜜柑は有田ブランドが大好きで贔屓にしている。何より他者に期待されての[バカチカラ]のパワーに我ながら驚き、その時に人間の潜在能力の凄さに感心したのは収穫だった。なにせ、絶対無理とか諦めたら終わることも、期待に応えようとするだけで、難なくクリア出来るのだから、いかに[気持ち]が大切なのかが分かった。

貰った蜜柑の大半を食べながら、妙に納得しながら別人のように生き返った私は、おばさんの期待にも応えねばならず、また自転車に跨りペダルをチカラ強く回し始めた。下る山間部の国道を、自動車さえビュンビュン抜き去りながら一気に有田を抜け、醤油で有名な湯浅を通過し御坊から印南まで来た頃には、お昼もすっかり過ぎて大阪から125キロぐらい走っていた。やっと目標の半分まで来たが、このままのペースなら潮岬に、とてもではないが日没まで辿り着けない。とにかく頑張って、ひたすらペダルを回し続けるしかないのだが、いろんな思いが逡巡する。人生には、意味も無く、とりあえず頑張るしかない瞬間がいくらでもあるものだ。不安定に前が見えないときは特にそうだ。

「そもそも何で俺は自転車漕いでいるんやろ?」「親父は莫大な借金喰らってこの先大丈夫なんか?こんな状況で浪人して大学行く意味あるんか?家業手伝って親父を助けるべきではないのか?」「医学部落ちて当たり前やったけど、浪人したらホンマに受かるのか?」「なんで、梁先生は死んだんや?」「こんな調子で本当に潮岬まで着くんか?」「あ〜、モハメッド・アリやったら、こんな時どうするねん?」ロードサイドをゆっくり流れる景色は、私の大好きな大海原だ。

ブロンディーのデボラ・ハリーの快調なリズムを口ずさみながら、ひたすらペダルまわす。潮の香を全身に浴びながら、夕日で真っ赤に染まる海が、何とも言えない美しさで迫ってくる。圧巻の夕焼けを前に、すさみ町に入った所で日没した。

大阪から200キロ走っていた。予定では潮岬に着く筈が、未だ50キロもある。

向かい風に手こずり、ペースがいっこうに上がらずしかも足の筋肉は悲鳴を上げていた。人生は想定外が大半だと悟り、臨機応変に対処する機転が最後はモノを言うのだとばかり、私は辺りの民宿に次々と飛び込んで一晩過ごす為の宿探しと値段交渉に精を出した。なにせ所持金は3000円ほどしか無く、しかも一泊二日の計画だったので、最悪は駅での野宿も覚悟していた。流石に夜の冷え込みは無理だろうと、素泊まりでの安宿が最低限必要だった。五、六軒の民宿と交渉した結果、最安の民宿を決めて一夜を素泊まりした。観光シーズンでもなく、自転車でふらりと来た若者に怪訝そうな表情で「どこから来たの?」と主人に訊ねられ、「大阪から」と答えると、例の如く興味本位に次々と質問責めに会いすっかり打ち解けた。挙句に、民宿の主人は「今から家族で夕ご飯やけど兄さんも一緒に食べようや」と、食事なしの素泊まり客の私を食卓に招き、結局民宿の家族と一緒に(すき焼き)をたらふくご馳走になってしまった。その日のエネルギーを使い果たしたお腹も満たされ、お風呂と暖かい布団で身も心も癒され、何より人の優しさに触れたその日の出来事を思い浸りながら、ほっこりとした気分で疲労も吹っ飛んだ。もちろん翌朝は一気に体力も復活した次第だ。

翌朝も快晴で、体力も回復した私はふと悩んでしまった。「未だ潮岬まで50キロも有るということは、往復すれば100キロだ。このまま潮岬を目指せば、果たして大阪まで今日中に帰れるかどうか。目の前の海も太平洋ではないか。無理して更なる100キロの往復で体力を消耗させるのは、その後真っ暗な夜道を夜通し走る羽目になる帰路を考えても危ないし。このまま、目前の海で思案し、将来の決意を固めても同じではないか。」とあれこれと弱い自分が囁きだす。「いや、何のために本州最南端を目指したのか。一番南まで行って観る海は同じ太平洋でも違うはずだ

だから岬も有るのだ。すさみ町の太平洋は俺の目指した海ではない。自分の都合で目的をすり替えるな!…こんな調子やから不合格になったんやないか!…だったら絶対に死んでも行ってやる!!」と、奮い立つもう一人の自分がいて、更に葛藤する。

私は、よく二者択一で迷うときに使う手がある。『どちらがシンドイか?』と想像し、無条件に極力シンドイ方を選ぶというやり方だ。なぜなら、楽な方を選べば、あとでの後悔に繋がらないかと結局また不安になるからである。要は、『もっと出来たのではないか?』と余力を残すよりは、限界までトコトンやり切るシンドイ選択の方が失敗しても未練が無く、再チャレンジの復活も早いし、何より後悔無く人生を歩めるからだ。この考えは、振り返れば一貫していたみたいで、よく他者から『よく、そんなシンドイことするねぇ。この方が楽やのに』と言われても、お構いなしに我が道を進んできた感がある。しかし、やり遂げて得た達成感は格別で、更に気付いて得たことは、私のノウハウとスキルアップにきっと役立ったはずだと確信する。人生には、手間と暇を掛けて熟成しないと見えてこないことも多々あり、回り道が決して損だとは言い難いことも沢山あるのではないか。

超アナログ人間を自負する限りだが、そんな感じで結局、目標通りの潮岬を目指して向かい風と闘いながら、二時間ほどで本州最南端にやっと到着した。

岬の先端から眺める大海原と潮の香は今でも鮮明に覚えている。そして、すさみ町の海との違いにも気付いた。視界が別世界なのである。すさみ町の海は、180度の視界で既に町並みや建物が遮るのだが、潮岬の先端はそれこそ300度以上に渡り視界を遮るものが一切ない。大海原の水平線しか見えないのである。荒々しく潮流が水しぶきを打ちながら広がる眼前の海は、まさに大航海時代のコロンブスのような気分になり、すっかり自分を重ねていた。来る日も来る日も、水平線しか見えないなかで航海を続ける不安は如何なるものだっただろう。地図もなくアテもなく、インドに到着することだけを信じて航海を続けるコロンブスの不安を、合格の保証もなくどんな毎日になるのか?と宅浪生活の不安な日々を想像しながら、大航海の冒険に重ねていた。二時間ばかりボーっと海を眺めながら、私は身体の底から言い知れぬエネルギーを感じ始めていた。

よしっ、やってやるぞ。親父だって莫大な借金背負って再起すると頑張っているし、それこそコロンブスみたいに俺の人生の新大陸に到達できるかも知らん。やらない限りは絶対辿り着けないし、チャレンジしなければ到達目標そのものが無い人生になる!!』決意を全身で感じた私は、大海原に向かって雄叫びを二度三度絶叫した。

そして、思い残すことなく一路大阪に向けて帰り路を急いだ。

帰りは追い風もあって、何よりも心がスッキリ軽くなり快調そのものだった。そして早く家に帰り、今後の宅浪の計画がしたくてあれこれ考えながら回すペダルのペースを上げていた。案の定、既に御坊あたりで日没してしまい、真っ暗な中、休憩を兼ねて私は国道沿いのスーパーに、パンと飲み物を購入しようと飛びこんだ。所持金は残り500円ぐらいだったが、想定外の夜道を走りながら身の危険を感じていたので、あれこれ思案した後に、お腹を満たすよりも安全を選択して一本のペンライトと電池を購入した。私の愛車は軽量化の為に電灯も外しフレームとタイヤしかないような競輪仕様にしていた為だ。

国道の夜道を道路際いっぱいにすり抜けるトラックに、何度も路肩の溝に落ちそうになったので、どうしても道を照らすライトが必要だったからだ。自転車用のライトは予算オーバーで買えず、何とかペンライトを一本購入できただけで所持金を使い果たしてしまった。

結局食料も得られず空腹のまま、私は夜通しペンライトを口に咥え、ひたすら大阪めがけてペダルを回し続けた。よく『行は良い良い、帰りは怖い』なんて言われるが、結局『行ってしまえば、何とかなるさ』の精神で、どうにかこうにか大阪の自宅に到着した。

既に、夜は白々と明けはじめていた。帰ってきた私を、母は『えらい遅かったんやね、どう?楽しかった?』なんて呑気に迎えたが、とにかく色々あったけど何とか目標通り二日で目的を達成したのだ!

夜通しペンライトを咥えたので、顎はガクガク、固いサドルで擦れたお尻からの出血で下着は血だらけ、何万回まわしたかも分からない足はパンパンになり異常な筋肉痛、丸2日間の前傾姿勢で腰は砕けるようになってしまい、布団に飛び込んだ時は全身悲鳴を上げていた。しかし何とも言い知れぬ達成感と、心の底から溢れる満足感で私は全身を包まれていた。こうして私は、自分一人で[自宅浪人]をやり切る確信を得て、前途洋々とばかりに自宅浪人の世界へと突入していった

[次回に続く]

※呆気なく不合格になった大学受験後に、自宅浪人の覚悟を確認する為の旅に出て、何とか希望を見出し、一人っきりの自宅浪人を開始する。単調な日々の中、不安と前の見えない恐怖と闘いながらもがき苦しむ。自分と向き合いながらの苦闘の日々は、果たして報われるのか

おしらせと今月の予定

新しい学年になってはや1ヶ月が過ぎました。学校開始の好ダッシュの為に春休み中に旧学年の総整理を済ませ、学習サイクルに好リズムをつけよう!

今月の予定
○1日(土)受験生の中3生のみ全国テスト
○7日まで春期講習実施
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【合格速報】合格おめでとう!!
■A・M…兵庫県立大学[経営学部]
■Y・F…武庫川女子大学[経営学部]
◆S・T…布施高校
◆S・S…布施高校
◆N・T…花園高校
◆H・M…みどり清朋高校

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